突然顔が思うように動かず不安になっているあなたへ

ある日突然、顔が動かなくなる「ベル麻痺」とは?鍼灸治療の可能性を探る

​「朝起きたら、顔の片側が動かない」「口から水がこぼれてしまう」「目が閉じにくい」——。もし、ある日突然こんな症状に見舞われたら、誰もが大きな不安を感じるでしょう。その症状、もしかしたらベル麻痺かもしれません。

​ベル麻痺は、顔面神経麻痺の一種で、年間10万人に20〜30人程度が発症するといわれる、決して珍しくない病気です。ストレスや過労が引き金になることもあり、誰にでも起こりうる可能性があります。

​この記事では、ベル麻痺とはどのような病気なのか、その原因や症状、西洋医学的な治療法について解説するとともに、近年注目されている鍼灸治療の有効性について、詳しく掘り下げていきます。つらい症状に悩む方や、そのご家族にとって、少しでも希望の光となれば幸いです。

ベル麻痺の症状と原因

​ベル麻痺は、顔の筋肉を動かす顔面神経に障害が起こることで発症します。顔面神経は、脳から出た後、側頭骨の中の狭い骨のトンネル(顔面神経管)を通って顔の各筋肉に分布しています。

主な症状

​症状は通常、顔の片側だけに突然現れます。

​顔の歪み:額のしわ寄せができない、口角が下がる、片方の口だけがゆがむなど。

​閉眼困難:麻痺した側の目が完全に閉じられなくなる。これにより、目が乾燥しやすくなります。

​食事や会話の困難:口がうまく閉じられないため、食べ物や飲み物がこぼれたり、言葉が不明瞭になったりします。

​味覚障害:舌の前方3分の2の味覚が感じにくくなることがあります。

​聴覚過敏:音が大きく響くように感じることがあります。

​涙や唾液の分泌障害

​耳の後ろの痛み:発症前に耳の後ろに痛みを感じることもあります。

​これらの症状は、発症から48〜72時間でピークに達することが多いとされています。

考えられる原因

​ベル麻痺の正確な原因は、実はまだ完全には解明されていません。「特発性顔面神経麻痺」とも呼ばれ、明らかな原因が見当たらないことが多いのが特徴です。

​しかし、現在では単純ヘルペスウイルス1型の再活性化が主な原因ではないかと考えられています。多くの人が子供の頃に感染するこのウイルスは、普段は神経節に潜伏しています。しかし、過労やストレス、寒冷刺激、妊娠・出産などをきっかけに免疫力が低下すると、ウイルスが再活性化し、顔面神経に炎症と腫れを引き起こします。

​顔面神経が通る骨のトンネルは非常に狭いため、神経が腫れると圧迫されてしまい、麻痺が生じるのです。

西洋医学における標準的な治療法

​ベル麻痺と診断された場合、できるだけ早く治療を開始することが、後遺症のリスクを減らす上で非常に重要です。主に以下の薬物療法が行われます。

​ステロイド薬:顔面神経の炎症と腫れを抑えるために、発症後できるだけ早い段階(できれば72時間以内)から副腎皮質ステロイドの内服または点滴投与が行われます。これは、最も標準的で効果が高いとされる治療法です。

​抗ウイルス薬:単純ヘルペスウイルスの増殖を抑えるために、アシクロビルやバラシクロビルといった抗ウイルス薬がステロイド薬と併用して処方されます。

​ビタミンB12製剤:末梢神経の回復を助けるビタミンB12も併用されることがあります。

​眼の保護:目が完全に閉じられない場合は、角膜の乾燥や損傷を防ぐために、人工涙液の点眼や眼軟膏の使用、就寝時にテープでまぶたを閉じるなどのケアが必要です。

​これらの急性期治療は、主に耳鼻咽喉科で行われます。多くの場合、治療開始から数週間〜数ヶ月で症状は改善に向かいます。しかし、麻痺の程度が重い場合や、治療開始が遅れた場合には、病的共同運動(口を動かすと目が一緒に閉じてしまうなど)や**顔のひきつれ(拘縮)**といった後遺症が残ってしまうこともあります。

注目される鍼灸治療の有効性

​西洋医学の治療と並行して、あるいは後遺症に悩む中で、鍼灸治療という選択肢に目を向ける方が増えています。鍼灸治療は、副作用が少なく安全性の高い治療法として、ベル麻痺の回復をサポートする効果が期待されています。

​では、なぜ鍼灸がベル麻痺に有効なのでしょうか。そのメカニズムと期待される効果について見ていきましょう。

鍼灸がベル麻痺にアプローチする仕組み

​鍼灸治療は、麻痺した顔面の筋肉や、顔面神経に関連する経穴(ツボ)に鍼や灸で刺激を与えることで、以下のような効果を促します。

​血流改善:鍼や灸の刺激は、顔面部の局所的な血流を増加させます。これにより、損傷した神経組織に酸素や栄養が供給されやすくなり、神経の修復・再生を促進します。

​炎症の抑制:鍼治療には、体内の抗炎症物質の放出を促す作用があることが研究で示唆されています。これにより、神経の腫れを和らげる助けとなります。

​神経の活性化:麻痺している神経や筋肉に直接的、あるいは間接的に刺激を与えることで、神経の伝達機能を呼び覚まし、回復を促します。

​筋肉の萎縮防止:長期間動かずにいると、筋肉は萎縮してしまいます。鍼で筋肉を刺激することで、筋肉の萎縮を防ぎ、回復後の動きをスムーズにする効果が期待できます。

​自律神経の調整:ベル麻痺の引き金となるストレスや過労は、自律神経の乱れと深く関係しています。鍼灸治療は、全身のバランスを整え、リラックス効果をもたらすことで、免疫力を高め、自己治癒力を引き出します。

治療のタイミングと重要性

​顔面神経麻痺に対する鍼灸治療は、できるだけ早期に開始することが推奨されています。発症後1週間以内など、急性期から西洋医学の治療と並行して行うことで、回復までの期間を短縮し、後遺症のリスクを軽減できる可能性が高まります。

​もちろん、発症から数ヶ月が経過した慢性期や、後遺症に悩んでいる場合でも、鍼灸治療が無効というわけではありません。病的共同運動や顔のひきつれといった後遺症に対しても、筋肉の緊張を緩和し、血流を改善することで、症状の軽減が期待できます。諦めずに治療を続けることが大切です。

​ある研究では、ベル麻痺の後遺症がある患者に対して鍼治療を行った群と、何もしない群を比較したところ、鍼治療を行った群で有意な改善が見られたと報告されています。

実際の治療法

​治療では、麻痺している側の顔にある経穴(顴髎・頬車・地倉・翳風など)を中心に、首や肩、腹部の経穴も使って全身の調整を行います。顔の表情を作らために働く神経の流れに沿った刺激を行うことで神経に対する血流改善と活性化、また上手く動かせないことで固まってしまった表情筋を緩めることで動きが出しやすい状態になるようアプローチします。

諦めないで、治療の選択肢を

​ベル麻痺は、誰にとってもつらく、不安な病気です。しかし、早期に適切な治療を開始すれば、多くの場合、良好な回復が期待できます。

​西洋医学の標準治療を基本としながら、鍼灸治療を併用することで、回復を早め、後遺症のリスクを減らすことができるかもしれません。もしベル麻痺と診断されたら、あるいは後遺症にお悩みでしたら、治療の選択肢の一つとして、鍼灸治療を検討してみてはいかがでしょうか。専門家と相談しながら、ご自身に合った最善の治療法を見つけていきましょう。