多くの人を悩ませる腰痛について(筋筋膜性腰痛)

筋筋膜性腰痛と鍼灸治療

皆さんは、突然のぎっくり腰や、慢性的な腰の重だるさに悩まされた経験はありませんか? 日本人の多くが一生に一度は経験すると言われる腰痛。その中でも、病院でレントゲンを撮っても「異常なし」と言われるのに痛みが続く、そんな腰痛の多くが「筋筋膜性腰痛」である可能性があります。

「筋肉が原因の腰痛って、どういうこと?」「鍼灸って本当に効くの?」

この記事では、そんな疑問をお持ちの方に、筋筋膜性腰痛のメカニズムから、その有効な治療法である鍼灸治療について紹介していきます。

誰もが悩む「腰痛」の正体とは?

腰痛は、私たちの日常生活に密接に関わる非常に一般的な症状です。しかし、その原因は多岐にわたり、大きく分けて「特異的腰痛」と「非特異的腰痛」に分類されます。

特異的腰痛とは、椎間板ヘルニア、脊柱管狭窄症、腰椎分離症・すべり症、圧迫骨折、感染症、腫瘍など、画像診断や血液検査で具体的な原因が特定できる腰痛を指します。これらの腰痛は、神経症状を伴ったり、重篤な病気が隠れていたりする可能性もあるため、専門医による適切な診断が不可欠です。

一方、非特異的腰痛は、レントゲンやMRIなどの画像検査では明らかな異常が見つからないにもかかわらず、痛みが続く腰痛を指します。実は、腰痛全体の約85%がこの非特異的腰痛に分類されると言われており、その中でも最も多いのが「筋筋膜性腰痛」なのです。

筋筋膜性腰痛とは?

筋筋膜性腰痛は、腰部や殿部、下肢の筋肉やそれらを覆う筋膜に生じる機能不全によって引き起こされる腰痛です。具体的な病変が画像では捉えにくいことから、「原因不明の腰痛」として扱われることも少なくありません。しかし、その痛みは日常生活に大きな支障をきたし、ときに激しい痛みを伴うこともあります。

1. 筋肉と筋膜

筋筋膜性腰痛を理解するためには、まず「筋肉」と「筋膜」について知る必要があります。

筋肉は、骨格を動かし、姿勢を保つための私たちの体の原動力です。腰部には、脊柱起立筋群、広背筋、大臀筋、中臀筋、梨状筋、腸腰筋など、多くの筋肉が複雑に連携して働いています。これらの筋肉が、日常生活での動作や姿勢を支えているのです。

そして、これらの筋肉を一つ一つ包み込み、さらには筋肉同士、臓器、血管、神経などを連結しているのが筋膜です。筋膜は、全身を網の目のように覆う薄い膜状の組織で、非常に柔軟性に富んでいます。ウェットスーツのように体を包み込み、筋肉の動きをスムーズにする潤滑剤のような役割も果たしています。筋膜は単なる膜ではなく、コラーゲン線維とエラスチン線維からなる結合組織であり、非常に多くの神経終末が存在するため、痛みを感じやすい組織でもあります。

2. なぜ筋筋膜性腰痛は起こるのか?

筋筋膜性腰痛は、主に以下の要因によって、筋肉や筋膜に「トリガーポイント」や「硬結」が形成されることで発症します。

  • 過負荷・オーバーユース: 長時間のデスクワーク、中腰での作業、重い物の持ち上げ、スポーツなどによる腰部への反復的なストレスや急激な負荷は、筋肉や筋膜に微細な損傷を与えます。特に、筋肉が疲労している状態で無理な動作を続けると、損傷はさらに進行しやすくなります。
  • 不良姿勢: 猫背、反り腰、横座りなど、日常生活における不自然な姿勢は、特定の筋肉に継続的な負担をかけます。これにより、筋肉の血流が悪くなり、酸素や栄養の供給が滞ることで、疲労物質が蓄積しやすくなります。
  • 外傷: 転倒や交通事故などによる直接的な衝撃も、筋肉や筋膜の損傷を引き起こす原因となります。
  • 冷え: 身体が冷えることで、血管が収縮し、筋肉の血流が悪くなります。血流の悪化は、筋肉の酸素不足や老廃物の蓄積を招き、痛みを誘発しやすくなります。
  • ストレス: 精神的なストレスは、自律神経のバランスを乱し、筋肉の緊張を高めることが知られています。ストレスが長期的に続くと、肩こりや腰痛などの身体症状として現れることがあります。
  • 栄養不足・脱水: 筋肉や筋膜の健康を保つためには、十分な栄養と水分が必要です。これらが不足すると、組織の回復力が低下し、損傷しやすい状態になります。

これらの要因が重なることで、筋肉や筋膜に「こり」や「しこり」のようなものが形成されます。これが「トリガーポイント」や「硬結」と呼ばれるものです。

トリガーポイントとは、筋肉の中に存在する、非常に敏感な圧痛点のことです。このトリガーポイントを指で押すと、関連する部位に痛みが放散する「関連痛」を引き起こすのが特徴です。例えば、腰のトリガーポイントが、お尻や太ももの裏側に痛みを飛ばすことがあります。この関連痛によって、患者さん自身も「どこが本当に痛いのか分からない」と感じることが少なくありません。筋肉の線維が異常に収縮した状態が持続することで形成されると考えられています。この収縮は、血管を圧迫し、血流をさらに悪化させ、酸素や栄養の供給不足、老廃物の蓄積を招き、悪循環に陥ります。

3. 筋筋膜性腰痛の主な症状

筋筋膜性腰痛の症状は、患者さんによって様々ですが、一般的には以下のような特徴が見られます。

  • 鈍い痛みや重だるさ: 腰全体が重い、だるい、鈍痛が続くといった症状が多く見られます。
  • 鋭い痛み: 急な動きや特定の体勢で、電気が走るような鋭い痛みが走ることがあります(ぎっくり腰など)。
  • 動作時の痛み: 前かがみ、体を反らす、ひねる、座る、立ち上がるなどの動作で痛みが強くなることがあります。
  • 朝のこわばり: 朝起きた時や、長時間座った後に、腰の動きが悪く、こわばりを感じることがあります。
  • 関連痛: 腰だけでなく、お尻、太ももの裏側、股関節などに痛みが放散することがあります。しびれを伴うこともありますが、神経根症状とは異なる特徴を持つことが多いです。
  • 圧痛: 腰部の特定の筋肉を押すと、強い痛みを感じる点があります。これがトリガーポイントであることが多いです。
  • 姿勢の変化: 痛みを避けるために、無意識のうちに姿勢が歪んだり、体をかばうような動きになったりすることがあります。

これらの症状は、日常生活に大きな影響を与え、仕事や趣味、睡眠の質まで低下させてしまうことがあります。

 鍼灸治療とは?

「鍼灸」という言葉は聞いたことがあっても、具体的にどのような治療法なのか、詳しくご存知ない方もいらっしゃるかもしれません。鍼灸は細い鍼(はり)や、ヨモギの葉を精製したお灸(きゅう)を用いて、身体の特定の部位「ツボ」を刺激することで、病気の治療や予防、健康維持を図ります。

近年では、その科学的根拠が解明されつつあり、WHO(世界保健機関)もその有効性を認めています。

1. 鍼治療繊細な刺激で身体を整える

鍼治療では、髪の毛ほどの細さのステンレス製の鍼を使用します。滅菌された使い捨ての鍼を用いるため、感染症の心配はありません。鍼をツボに刺入することで、以下のような作用が期待できます。

  • 血行促進: 鍼の刺激によって、血管が拡張し、血流が改善されます。これにより、酸素や栄養の供給が促進され、老廃物の排出が促されます。
  • 鎮痛作用: 鍼刺激は、脳内ホルモンの分泌を促すことで、痛みを和らげる効果があります。また、痛みの伝達経路をブロックする作用も報告されています。
  • 筋緊張緩和: 鍼を筋肉の硬結やトリガーポイントに直接アプローチすることで、筋肉の異常な収縮を緩め、緊張を和らげます。
  • 自律神経調整作用: 鍼刺激は、自律神経(交感神経と副交感神経)のバランスを整える作用があります。これにより、ストレスによる身体の緊張を緩和し、リラックス効果をもたらします。
  • 免疫力向上: 鍼刺激が免疫細胞の活性化を促し、身体本来の治癒力を高める効果も期待されます。

鍼の刺入は、ほとんど痛みを感じない場合が多いですが、ツボに響くと「ズーン」とした感覚や「ひびき」を感じることがあります。これは「得気(とっき)」と呼ばれ、治療効果が高まっているサインとされています。

2. 灸治療温熱効果で身体を癒す

灸治療では、ヨモギの葉を精製した「もぐさ」を燃やし、その温熱刺激をツボに与えます。直接皮膚にもぐさを乗せて火をつける「直接灸」や、皮膚ともぐさの間に紙の台座を挟む「間接灸」など、様々な方法があります。

灸治療には、以下のような作用が期待できます。

  • 温熱効果による血行促進: 温熱刺激は、血管を拡張させ、血流を強力に促進します。これにより、筋肉のこわばりが和らぎ、冷えの改善にもつながります。
  • 鎮痛作用: 温熱刺激は、痛みを伝える神経の興奮を鎮め、痛みを和らげる効果があります。
  • リラックス効果: 灸の温かさや、もぐさの香りは、心身をリラックスさせ、ストレスの軽減に役立ちます。
  • 自律神経調整作用: 温熱刺激は、副交感神経を優位にし、リラックス状態を促します。
  • 免疫力向上: 温熱刺激が、身体の免疫機能を活性化させる効果も報告されています。

筋筋膜性腰痛に対する鍼灸治療の有効性

それでは、筋筋膜性腰痛に対する鍼灸治療の具体的なアプローチとその有効性について紹介します。

筋筋膜性腰痛は、筋肉や筋膜の機能不全が根本原因であるため、筋肉の緊張を緩め、血流を改善し、トリガーポイントを解消することが治療の鍵となります。鍼灸治療は、まさにこれらの目的に対して非常に効果的な治療法と言えます。

鍼灸治療によるアプローチ

筋筋膜性腰痛に対する鍼灸治療では、主に以下のポイントに焦点を当てて治療を行います。

  • トリガーポイントへの直接アプローチ: 筋筋膜性腰痛の根源であるトリガーポイントは、鍼治療の得意分野です。鍼がトリガーポイントに到達すると、筋肉の異常な収縮が緩み、血流が再開されることで、痛みの改善が期待できます。
  • 筋緊張の緩和と血流改善: 腰部や殿部の硬くなった筋肉に対して、鍼を刺入し筋緊張を効果的に緩和します。
  • 全身のバランス調整: 腰痛は、必ずしも腰だけの問題ではありません。骨盤の歪み、股関節の可動域制限、姿勢の悪さなど、全身のバランスの乱れが腰痛を引き起こしていることも少なくありません。鍼灸治療では、腰部のツボだけでなく、下肢、背中、首など、関連する全身のツボにもアプローチすることで、身体全体のバランスを整え、腰への負担を軽減します。
  • 自律神経の調整とストレス軽減: 慢性的な腰痛は、ストレスや不安を伴うことが多く、自律神経の乱れを引き起こします。鍼灸治療は、自律神経のバランスを整え、心身のリラックスを促すことで、痛みの感じ方を和らげ、睡眠の質の向上にも寄与します。
  • 自己治癒力の向上: 鍼灸治療は、身体本来が持っている自己治癒力を高めることを目的としています。血流改善、鎮痛、筋緊張緩和、自律神経調整といった総合的な作用によって、身体が自分自身で治ろうとする力を引き出します。

筋筋膜性腰痛の予防とセルフケア

鍼灸治療で痛みが改善された後も、再発を防ぐためには、日常生活での予防とセルフケアが非常に重要です。

  • 正しい姿勢を意識する:
    • 座る時: 深く腰掛け、背筋を伸ばし、椅子に深く座り、膝と股関節が90度になるように調整します。必要であれば、ランバーサポート(腰当て)を活用しましょう。
    • 立つ時: お腹を引き締め、背筋を伸ばし、重心を足裏全体に均等にかけるように意識します。
    • 物を持ち上げる時: 腰をかがめるのではなく、膝を曲げて腰を落とし、物と体を近づけて持ち上げます。
  • 適度な運動とストレッチ:
    • ウォーキング: 適度なウォーキングは、全身の血行を促進し、腰部の筋肉を強化します。
    • 腰部ストレッチ:膝抱えストレッチ: 仰向けに寝て、片足ずつ膝を抱え、胸に引き寄せる。
    • 股関節ストレッチ: 股関節の柔軟性が低いと、腰への負担が増えます。開脚ストレッチや、股関節回しなどを行いましょう。
  • 身体を冷やさない: 夏場でもクーラーの効いた部屋では、薄着になりすぎないように注意し、腹巻きやブランケットなどで腰部を保温しましょう。入浴はシャワーで済ませず、湯船にゆっくり浸かることを心がけましょう。
  • 十分な睡眠と休息: 睡眠不足や過労は、筋肉の回復を遅らせ、痛みを悪化させる原因になります。質の良い睡眠を十分に取り、心身を休ませることが大切です。
  • ストレス管理: ストレスは筋肉の緊張を高めます。趣味の時間を作る、瞑想、軽い運動など、自分に合ったストレス解消法を見つけましょう。
  • 水分補給: 筋膜の潤滑性を保つためにも、こまめな水分補給を心がけましょう。

これらのセルフケアは、あくまで予防や補助的なものであり、症状が強い場合や改善が見られない場合は、まず状態を改善するために鍼灸施術をお勧めします。

筋筋膜性腰痛は鍼灸治療で克服できる!

筋筋膜性腰痛は、現代社会において非常に多くの人が悩む症状であり、その痛みが生活の質を大きく低下させてしまうことがあります。レントゲンやMRIでは異常が見つかりにくいがゆえに、諦めてしまっている方もいらっしゃるかもしれません。

しかし、筋筋膜性腰痛の多くは、筋肉や筋膜の機能不全、特にトリガーポイントの形成が原因であり、鍼灸治療は、この根本原因に直接アプローチできる非常に有効な選択肢となります。

鍼灸治療は、痛みを和らげるだけでなく、血行を促進し、筋肉の緊張を緩め、自律神経のバランスを整えることで、身体本来の治癒力を引き出し、健康な状態へと導いてくれます。

もしあなたが今、腰痛で悩んでいるのであれば、ぜひ一度、当院にご相談ください。

腰は身体の要となる大切な場所、腰痛知らずで健康な未来を手に入れましょう。

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